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薬学コラム

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異世界薬局の薬学考証裏話2~「ペスト」治療薬、分包や保管の手間も考慮した選択肢

 

 MFコミックスの「異世界薬局」では24話から「ペスト(黒死病)」との戦いが始まりました。ここで描かれた「治療薬」も科学的根拠・現場の状況・準備の手間など様々な観点から最も妥当と思われるものを選んでいます。今回は、この考証裏話をペストの歴史と合わせて紹介したいと思います。
 ファンタジー要素は大事にしつつも、医学・薬学要素ではあまり妥協しない監修班がこんな細かいことを考えているから、更新の足を引っ張ってしまうんですね(ごめんなさい

 ※本格的なペスト対策が始まる24~25話は、Comic Walkerニコニコ静画で2020年1月19日まで無料で閲覧できます。

 

「ペスト」とは~14世紀には欧州で3人に1人が死亡した「黒死病」

 「ペスト」とは、通性嫌気性のグラム陰性桿菌Yersinia pestisという細菌によって起こる感染症で、細菌を保有したノミに噛まれること等で感染します1)。罹患者の多くは皮膚が黒くなり、極めて致死率も高かったことから「黒死病」と呼ばれています。
 特に、14世紀にヨーロッパで大流行した際には推定5,000万人(当時の人口の約3分の1)が死亡した2)とされ、多くの歴史書などにも制御不能に陥ったパンデミックの記録が残っています。

 日本でも明治32年(1899年)に初めてペスト患者が確認されて以降、何度か小規模の流行が発生していますが、1926年に2名の死者を出したのを最後に感染者は出ていません。これには、当時最先端の細菌学者である「北里柴三郎」による防疫作戦が色々と功を奏したとされています。

※北里柴三郎が行った防疫作戦の例 3)
・ネズミを1匹5銭で買い取る捕獲駆除を実施(4年で2,273万匹を捕獲)
・家屋や衣服の消毒方法(日光で2~3時間で死滅する等)を提案

 これをもとに、物語の中でも「ネズミの駆除」や「被服の煮沸消毒」を徹底する布令が出されています。

 1) 国立感染症研究所 「ペストとは」
 2) 厚生労働省検疫所FORTH 「ペストについて(ファクトシート)」
 3) 日本細菌学雑誌.50(3):637-50,(1995)

 …なお、物凄くマニアックな注釈が入った殺鼠剤の成分「ワルファリン」は、現在は抗凝固薬『ワルファリン』として使われています。この薬の不思議な開発の歴史はこちらで紹介しています→「開発時には「思いもしなかった使われ方」をしている薬」

 

ペストの治療薬~使用実績か、服用回数か、準備にかかる手間か

 かつては国を滅ぼすほどの脅威だった「ペスト」ですが、抗菌薬(抗生物質)が比較的よく効くため、現在は早期発見できれば治療・制御が可能です。実際、日本の国立感染症研究所やアメリカ疾病予防管理センター(CDC)などの機関は、生物兵器によるテロ対策や流行抑制対策として「ペスト」に対する治療薬をいくつか選択肢として提示しています。

※国立感染症研究所の記載
・アミノグリコシド系(ストレプトマイシン、ゲンタマイシン)
・テトラサイクリン系(テトラサイクリン、ドキシサイクリン)
・ニューキノロン系(レボフロキサシン、スパルフロキサシン)

※アメリカ疾病予防管理センター(CDC)の記載
・アミノグリコシド系(ストレプトマイシン、ゲンタマイシン)
・テトラサイクリン系(ドキシサイクリン)
・ニューキノロン系(シプロフロキサシン)

 これらの中から、物語の舞台背景や技術水準、更には準備にかけられる時間や人員も踏まえて、どの薬を選ぶのが妥当かを話し合いました(※原作では、ニューキノロン系の「スパルフロキサシン」が選ばれていました)。

 

「ニューキノロン系」が選択肢になった経緯~投与経路と静菌作用への不安

 そもそも「ペスト」の第一選択薬は、「ストレプトマイシン」や「ゲンタマイシン」といった「アミノグリコシド系」の抗菌薬です。
 しかし、これらの薬は経口投与では効果を発揮しない(分解されてしまう)ため、「注射剤」として製剤化する必要があります。この物語の今の状況で「注射剤」を大量に準備することは技術的にも時間的にも非常に難しいことから、選択肢から外されました(「ストレプトマイシン」に関しては、分子量が1,500近くあり、主人公の能力で創り出すことが難しいのでは、という懸念もありました)。

 一方、「テトラサイクリン系」に属する「ドキシサイクリン」は、実際にタンザニアでペスト治療に用いられ、「ゲンタマイシン」と変わらず非常に高い効果を発揮したという報告もある薬です4)。
 しかし、「テトラサイクリン系」の薬は基本的に静菌的に作用(⇔殺菌的に作用)する抗菌薬であり、単独で大流行を抑制できるかどうかについては疑問を呈する意見もあります。実際、日本でも「ペスト」に対しては「アミノグリコシド系」の抗菌薬と適宜併用するよう記載されています1)。こうした点から、「ドキシサイクリン」も優先順位は低くなりました。

 4) Clin Infect Dis.42(5):614-21,(2006) PMID:16447105

 以上のことから、「ニューキノロン系」の抗菌薬、厚生労働省やアメリカ疾病予防管理センター(CDC)が選択肢に挙げている「スパルフロキサシン」・「シプロフロキサシン」・「レボフロキサシン」の中から候補を探ることになりました。

 

光線過敏症のリスク・吸湿性や苦味・服用回数の手間・乏しい使用実績…どれをとるか?

 当初、原作の通り「スパルフロキサシン」のままにする案が出ましたが、「スパルフロキサシン」には以下の懸念点がありました。

※「スパルフロキサシン」の問題点
・実際に「ペスト」を治療できたという報告が見つからなかった
・副作用の「光線過敏症」の報告が多かった(日本やアメリカで市場撤退した一因とされる)
・吸湿性があって、苦味もある5) (保管や服用において不利)

 特に、この物語の舞台では屋外での作業に従事する人も多く、光線過敏症リスクは軽視できません。更に、気密包装の技術が発達していない状況下で吸湿性のある薬を大量に準備するのはリスクを伴うかもしれないという理由から、「シプロフロキサシン」か「レボフロキサシン」から選ぶことになりました。

 このうち、「シプロフロキサシン」は実際に重症のペスト患者を治療できたという報告6,7)もあり、まず候補に挙がりました。しかし、この薬は1日2回の服用が必要です8)。つまり、1,000人分の薬を用意しようとすると、1日あたり1,000人×1日2回=2,000包が必要になります。7日分であれば14,000包、10日分であれば20,000包を作成する必要があります。
 一方、「レボフロキサシン」はペスト患者に投与された使用実績は少ないものの、1日1回の服用で良い9)ため、分包作業は1日当たり1,000人×1日1回=1,000包と、準備も「シプロフロキサシン」の半分で済みます。

 5) スパラ錠 インタビューフォーム
 6) Emerg Infect Dis23(3):553–5,(2017) PMID:28125398

 7) Clin Infect Dis. 2003 Feb 15;36(4):521-3,(2003) PMID:12567312
 8) シプロキサン錠 インタビューフォーム
 9) クラビット錠 インタビューフォーム

 薬を調製する体制は比較的整っているとは言え、精製した原薬を乳糖などで正確に賦形し、更にそれを分包する作業には多大な時間と労力がかかることを考慮すると、この急を要する事態では少しでも準備が楽な方が良いだろう…という観点から、最終的に「レボフロキサシン」が候補になりました。「レボフロキサシン」は分子量360程度で生成しやすく、また1日1回であれば薬の飲み忘れ(と、それに伴う耐性化リスク)も減らせるだろう、というのも理由になっています。
 
 (あまり準備が大変になると倒れてしまうんじゃないかと、監修班から健康を心配されるピエールさん。誠実で働き者の登場人物が多いです)

 ・・・当然、これはこの物語の今の状況に対して最も適していると思われる選択であって、状況が変われば最適な選択肢も変わる可能性があります。注射剤を安価で大量に準備できるのであれば「アミノグリコシド系」が、湿気に強い分包を大量かつ迅速・安価に行う技術が確立していれば「シプロフロキサシン」が、それぞれ選ばれたかもしれません。
 このように「最適な薬」というのは、その時の状況によって変わることが多々あります。似たような症状で病院を受診しても全く違った薬を処方されることがあるのは、こうした細かな事情を考慮した結果…であることが多いです(あまり関係ない時もあります)。

 

最後に~抗菌薬は適正使用がとても大事!

 「レボフロキサシン」をこれだけ大規模に使用すると、確かに耐性菌の問題が生じるかもしれません。…が、耐性菌を気にして帝都が「ペスト」で滅んだら元も子もない、ということで、今回は耐性リスクを棚上げしています。

 事実、抗生物質(抗菌薬)は適切に使用しなければ、薬が効かない「耐性菌」を生み出す原因になり、非常に危険です。そのため、医師・薬剤師の指示通りの用法・用量で服用し、症状が治まってきたからと言って途中で服用を止めたり、そうして余った薬を他人に譲ったりすることは絶対にやめてくださいませ。

 きっと、ファルマやピエールたちも「薬の飲み切り」や「薬の譲受の禁止」は指示するはずです。是非、これを機に覚えておいて頂ければ嬉しいです…φ(..)

 

考証裏話の第一弾~その薬、水にするか粉にするか

 「「異世界薬局」の薬学考証裏話~その薬、水にするか粉にするか」
 上記記事では、4話で登場した「抗結核薬」はなぜ粉薬と水薬のセットで登場したのか、6話で父子が話していた「セイヨウオトギリソウ」の相互作用、8話で登場した「白粉の毒性」や「瀉血の治療」について、それぞれちょっとした背景を解説しています。

 前回に引き続き、企画や画像利用をご快諾頂きました作画の高野先生、原作の高山先生、ありがとうございましたm(__)m

 

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