妊娠中の「アセトアミノフェン」が、子どもの自閉症の原因って本当?
記事の内容
回答:そういう心配をする必要はありません
2025年9月23日、アメリカのトランプ大統領が「子どもの自閉症は、妊娠中に「アセトアミノフェン」を使ったことが原因だ」、「服用を止めるべきだ」といった旨の発言を会見で行いました。
この話に、科学的根拠の裏付けはありません。
そのため、この話で不安になって、薬の使用を控えたり、過去の服用を後悔したりする必要はありません。
むしろ、発熱や痛みを放置したり、無理な我慢を強いられたりする方が、母子ともに大きな悪影響を受けることもあります。不必要な濫用には注意してもらった方が良いのは確かですが、必要な状況での適切な使用まで躊躇するのは問題です。
(※アセトアミノフェンを怖がってイブプロフェンやロキソプロフェンなどを使うのは本末転倒です)
回答の根拠:「アセトアミノフェンで自閉症になる」と言える根拠はない
現在のところ、「妊娠中のアセトアミノフェン服用が、子どもの自閉症の原因になる」という事実は確認されていません。
むしろ、近年になって大規模に行われた質の高い検証・研究では、こういった可能性が”否定”され、薬ではなく遺伝・環境要因の影響を示唆する結果が多く得られています。

(その報告の例)
①JAMA.331(14):1205-1214,(2024) PMID:38592388
→現時点で最も信頼に足る、質の高い大規模な研究。
→スウェーデンで1995~2019年の間に生まれた約250万人を対象にした大規模調査。「妊娠中にアセトアミノフェンを服用した母親から生まれた子ども」と「妊娠中にアセトアミノフェンを服用していない母親から生まれた子ども」を比較した結果、自閉症・ADHD・知的障害の発生と関連はなかったと結論。
※一見すると、”わずかに差がある”ように見えるものの、用量依存性が確認されなかったこと、兄弟で比べるとその差は無くなったことから、「薬ではなく遺伝的素因の影響が大きい」ことが示唆されている。
②Obstetrics and Gynecology.145(2):168-176,(2025) PMID:39637384
→これまでに報告された9件の研究結果を統合解析した報告。妊娠中の「アセトアミノフェン」服用が、子どもの自閉症やADHDを引き起こす可能性は低い、と結論。
※”関連がある”と報告しているものの多くは、遺伝的・環境的要因が影響したものの可能性が高い、という見解。
つまり、現状で「妊娠中のアセトアミノフェンが、子どもの自閉症の原因になる」とは言えない、むしろその可能性については否定的だ、ということです。
関連を示唆する報告もあることについて
ここで完全に否定できない、というところに一抹の不安を感じるかもしれません。確かに、”関連”を示唆する報告も一部あり、まだはっきりとはわかっていない面もあります。
(そういった意味では、「mRNAワクチンを接種したら死ぬ」みたいな荒唐無稽なデマとはやや異なります)
(例)
Environ Health.24(1):56,(2025) PMID:40804730
→今回の騒動発端の論文。
→これまでに発表されている論文では、「妊娠中のアセトアミノフェン服用」と「子どもの自閉症」には”関連がある”としたものが多い、という報告。
※ただし、研究の質はあまり高くなく、また筆頭著者も「因果関係を言えるものではない」として、今回の政権による間違った引用に対して注意喚起のコメントを出しています(https://www.nytimes.com/2025/09/23/us/trump-tylenol-autism-vaccines-fact-check.html)。
※その他、この論文の共著者には利益相反やずさんな活動経歴も指摘されており、解釈には注意が必要そうです。
(https://www.nytimes.com/2025/09/23/health/harvard-dean-autism-tylenol-lawsuits-payment.html)
Pediatrics.140(5):e20163840,(2017) PMID:29084830
→ノルウェーの11万例を対象にした調査。妊娠中の「アセトアミノフェン」服用(特に感染症に対する長期使用)と、「子どもの自閉症」に関連があった、という報告。
※ただし、8日未満の短期使用ではむしろ自閉症が減っており、発熱を治療することの有益性も示唆されている。
そのため、より詳細なところは今後の研究によって明らかにしていく必要があります。
しかし、もし「明確に薬が原因」になっている、「薬が自閉症リスクを大幅に増加」させているならば、これまでの他の大規模な検証・研究でも”明らかな差”が”一貫して”検出されるはずです。
それが検出されていない、一貫していないということは、「妊娠中のアセトアミノフェン服用」は、「子どもの自閉症の原因」には”ならない”か、”仮になったとしても小さな影響に留まる”
……「薬としてのメリット/デメリットのバランスを根本的に崩すような話にはならない」、と考えられます。

そのため、今回の話で不安を感じ、妊娠中に「アセトアミノフェン」を服用するのを躊躇したり、過去に「アセトアミノフェン」を服用したことを後悔したりする必要はありません。
これまで通り、不必要に濫用したり、過剰に服用したりすることは避けてもらった方が良いですが、適切な使用まで躊躇する理由にはなりません。
世界の専門学会の見解
今回の一件を受けて、色々な専門学会も見解を公表しています。
その内容を見てみると、 「アセトアミノフェンで自閉症になるという根拠はない」、「発熱や痛みを放置する方が良くない」といった方向性は共通していることがわかります。
■アメリカ産科婦人科学会 ACOG(The American College of Obstetricians and Gynecologists):ACOG Affirms Safety and Benefits of Acetaminophen during Pregnancy(2025年9月22日)
✅「妊娠中のアセトアミノフェン服用で子どもが自閉症になる」という話に、科学的根拠の裏付けはない
✅「アセトアミノフェン」は、妊婦が安全に使える解熱鎮痛薬である
✅発熱や痛みを放置する方が妊婦にとって害になる可能性が高い
■アメリカ精神医学会 APA(American Psychiatric Association ):APA Statement on White House Announcement on Autism(2025年9月22日)
✅「アセトアミノフェン」は、適正使用すれば妊娠中でも安全
✅「ロイコボリン」は自閉症の治療には推奨されない
✅ワクチンが自閉症を引き起こすことはない(多くの研究で繰り返し否定済)
■イギリス医薬品・医療製品規制庁 MHRA(Medicines and Healthcare Products Regulatory Agency):MHRA confirms taking paracetamol during pregnancy remains safe and there is no evidence it causes autism in children (2025年9月22日)
✅「アセトアミノフェンが自閉症を引き起こす」という話に証拠はない
✅「アセトアミノフェン」は、鎮痛薬として妊婦の第一選択薬として推奨されている
✅発熱や痛みを治療しないと胎児に危険を及ぼす可能性があるため、患者は薬の服用を中止すべきではない
■オランダの国立ファーマコビジランスセンターLareb:Paracetamol tijdens de zwangerschap nog steeds de eerste keuze(2025年9月22日)
✅「アセトアミノフェンと自閉症の関連」は証明されていない
✅一部の研究では関連が指摘されているが、その質は低く、遺伝等の要因を疑う方が妥当
✅NSAIDsは「アセトアミノフェン」よりも安全性が低いため、引き続き「アセトアミノフェン」が第一選択
■欧州医薬品庁 EMA(European Medicines Agency):Use of paracetamol during pregnancy unchanged in the EU (2025年9月23日)
✅「妊娠中のアセトアミノフェン服用で子どもが自閉症になる」という話に、証拠は見つからない
✅「アセトアミノフェンは妊婦でも使用できる」、という見解が変わるような事実はない
■オーストラリア薬品・医薬品行政局 TGA(Therapeutic Goods Administration):Paracetamol use in pregnancy (2025年9月23日)
✅「妊娠中のアセトアミノフェンが子どもの自閉症の原因」という主張を否定する(大規模な研究で反証されている)
✅「アセトアミノフェン」の適正使用は、妊婦の発熱や痛みに推奨される
✅妊婦が、発熱や痛みを放置することは胎児のリスクになる恐れがある
…こうした専門学会の一貫した見解も、1つの安心材料として参考にしていただければと思います。
知っていれば惑わされない
1. 「妊娠中のアセトアミノフェン服用」が「子どもの自閉症の原因になる」という話に、科学的根拠の裏付けは無い(むしろ否定的な報告がある)
2. まだ明確になっていない部分もあるが、少なくとも、「アセトアミノフェン」の薬としてのメリット>デメリットのバランスが崩れるような話ではない
3. この話を理由に、アセトアミノフェンの適正使用まで躊躇したり、過去の服用を後悔したりする必要はない
+αの情報①:出生直後の子どもに対する「アセトアミノフェン」
出生直後の子どもに対するアセトアミノフェンが、自閉症のリスクになるかもしれない、という報告もいくつかあります。
(例)
Clin Exp Pediatr.67(3):126-139,(2024) PMID:37321575
Children (Basel).11(1):44,(2023) PMID:38255358)
しかし、これに関しても、「必要な状況での適正使用を躊躇させる」ものではなく、「不必要な状況での過剰投与や長期連用には注意する」という、薬としてごく普通の姿勢で受け取るので十分かと思います。
+αの情報②:「ワクチン接種で自閉症になる」は、四半世紀前のデマ
今回の会見では、「ワクチン接種で自閉症になる」といった発言も飛び出しました。
これは定期的に広まるデマ情報ですが、この大元は、1998年にWakefield AJ氏が発表した「MMRワクチン接種で自閉症が増える」という可能性を指摘した論文(Lancet.351(9103):637-41,(1998) PMID:9500320 ※撤回済)です。
この論文は、内容に虚偽があるとして2010年に既に撤回され、著者は英国医事委員会から医師免許剥奪の処分も受けています。
なお、この「ワクチン接種と自閉症」の関連についても、後に多くの検証・調査が行われていますが、その全てで関連が明確に否定されています。
(その報告の一例)
Vaccine.32(29):3623-9,(2014) PMID:24814559
→これまでに行われた10件の研究(調査対象は約13万人)の統合解析。複数のワクチンを接種した子どもの自閉症の発症率は、ワクチン非接種の子どもと変わらず、「ワクチン接種で自閉症リスクが高まることはない」と結論。
J Pediatr.163(2):561-7,(2013) PMID:23545349
→自閉症の子ども256名と、そうでない子ども752名を比較調査した研究。接種時期をとわず、ワクチン接種で自閉症が増える可能性は検出されなかった。
四半世紀前のデマ情報を今さら引っ張り出してきて、自閉症という疾患をダシに医療不安を煽る行為は、とても誉められたものではありません。
~注意事項~
◆用法用量はかかりつけの主治医・薬剤師の指示を必ずお守りください。
◆ここに記載されていることは「原則」であり、治療には各々の環境や状況により「例外」が存在します。
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