『メルカゾール』と『チウラジール』、同じ甲状腺の薬の違いは?~第一選択と妊娠中の影響、換算量
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回答:通常は『メルカゾール』、妊娠初期は『チウラジール』が第一選択薬
『メルカゾール(一般名:チアマゾール)』と『チウラジール(一般名:プロピルチオウラシル)』は、どちらも過剰になった甲状腺機能を抑えるバセドウ病の治療薬です。
『メルカゾール』は、効果が高く副作用も少ないため、通常の第一選択薬に選ばれています。
『チウラジール』は、『メルカゾール』を使えない場合、特に妊娠初期の第一選択薬になります。

妊娠の時期や病気の状態によって優先される薬が変わるため、切り替えや変更もよく行われます。
回答の根拠①:「チアマゾール」が第一選択薬の理由~効果と安全性の評価
バセドウ病などの甲状腺機能の亢進症に使う薬には「チアマゾール(MMI)」と「プロピルチオウラシル(PTU)」の2種類があり、どちらも甲状腺ホルモンの産生を抑える効果があります。
基本的に「チアマゾール」の方が治療効果は高く、また無顆粒球症のような重篤な副作用も、皮膚の痒みや筋肉痛といった軽度な副作用も、どちらの副作用も少ない1,2)ため、バセドウ病治療では「チアマゾール」が第一選択薬に選ばれています4)。

1) Medicine (Baltimore).100(30):e26707,(2021) PMID:34397700
2) J Clin Endocrinol Metab.92(6):2157-62,(2007) PMID:17389704
3) 日本甲状腺学会 「バセドウ病治療ガイドライン2019」
「チアマゾール」は効果が現れるのも早い
「チアマゾール」は、薬を使い始めてから効果が現れるのも早い傾向にあります2)。甲状腺機能が亢進していると、頻脈や多汗、イライラといった不快な症状が現れやすいため、「チアマゾール」の早い効果は治療上も重要な要素です。
※投与から12週間後の、検査値正常化率 2)
FT3 トリヨードサイロニン | FT4 サイロキシン | |
チアマゾール (1日 30mg) | 90.0% | 96.5% |
チアマゾール (1日 15mg) | 72.6% | 86.2% |
プロピルチオウラシル (1日300mg) | 62.9% | 78.3% |
回答の根拠②:「プロピルチオウラシル」を使う状況~妊娠中の安全性
「チアマゾール」を使っていて何か副作用が現れた場合には、「プロピルチオウラシル」に切り替えて治療を行うのが一般的です。
特に「チアマゾール」は妊娠初期に服用すると、胎児の食道や鼻腔・臍(へそ)・頭皮といった部位に異常が起こるリスクが高まることが報告されています4,5)。そのため、妊娠4週0日から15週6日までの器官形成期は「プロピルチオウラシル」が第一選択薬になります3)。

妊娠している間、甲状腺機能をコントロールできていないと、胎児の発達が遅れたり、妊娠高血圧症を起こしたりするリスクが高くなる6)ため、妊娠中も適切に治療を続ける必要があります。
4) Nihon Rinsho.70(11):1976-82,(2012) PMID:23214071
5) J Clin Endocrinol Metab.97(7):2396-403,(2012) PMID:22547422
6) Obstet Gynecol.84(6):946-9,(1994) PMID:7970474
妊娠の時期と薬の切り替え
「チアマゾール」を特に避けたいのは、妊娠5週0日から9週6日の期間です3)。そのため、できるだけ妊娠5週0日よりも前に妊娠を確認した上で、薬を「プロピルチオウラシル」に切り替える等の対応が必要になります。妊娠に気づいたのが妊娠5週0日から9週6日までの期間であれば、気づいた時点ですぐに薬を中止・変更することが推奨されています3)。

なお、妊娠を計画している段階では、基本的に副作用の少ない「チアマゾール」が優先されますが、催奇形性リスクを踏まえて「プロピルチオウラシル」に予め切り替えておくこともあります。個々の患者さんの病状や希望に応じて選択することが重要です3)。
「チアマゾール」と「プロピルチオウラシル」の換算
薬を切り替える際は、「チアマゾール」10mgと「プロピルチオウラシル」200mgを等価とする1:20換算が提唱されています7)。ただし、報告によっては1:15としているもの8)もあるため、患者さんの治療状況に応じて微調整する必要があります。
7) 2017 Guidelines of the American Thyroid Association for the Diagnosis and Management of Thyroid Disease During Pregnancy and the Postpartum
8) 日本内科学会雑誌.103(4):924-31,(2014)
薬剤師としてのアドバイス:妊娠中の薬は自己判断せず、早めの相談を
「妊娠中は避けるべき薬」と「妊娠中でも使える薬」の間には、「妊娠の時期や病状によって使ったり使わなかったりする薬」がたくさんあります。

妊娠中にリスクのある薬を”うっかり使ってしまう”ことは避けなければなりませんが、リスクばかりを気にして、”使える薬まで拒否”して体調・病状を悪化させてしまうことも、同じように避ける必要があります。
妊娠が判明した時に慌てなくても良いように、妊娠を計画している段階で主治医・薬剤師に相談し、今後の治療方針を事前に一緒に考えておいてもらうことをお勧めします。
ポイントのまとめ
1. 『メルカゾール(チアマゾール:MMI)』は、効果に優れ副作用も少ないため、通常の第一選択薬
2. 『チウラジール(プロピルチオウラシル:PTU)』は、妊娠初期の第一選択薬
3. 妊娠の時期や病状によって、薬の優先順位は細かく変わる
薬のカタログスペックの比較
添付文書、インタビューフォーム、その他資料の記載内容の比較
チアマゾール | プロピルチオウラシル | |
先発医薬品の名称 | メルカゾール | チウラジール |
略称 | MMI | PTU |
主な適応症 | 甲状腺機能亢進症 | 甲状腺機能亢進症 |
警告文 | 無顆粒球症についての記載あり | (記載なし) |
ガイドラインでの位置付け | 通常の第一選択薬 | 妊娠初期の第一選択薬 |
WHOの必須医薬品モデル・リスト | (掲載なし) | 掲載あり |
国際誕生年 | 1940年代 | 1940年代 |
妊娠中の安全性評価 | – | オーストラリア基準【D】 |
授乳中の安全性評価 | MMM【L2】 ※10mg/日までは乳児の甲状腺機能検査なく投与可3) | MMM【L2】 ※300mg/日までは乳児の甲状腺機能検査なく投与可3) |
世界での販売状況 | 世界各国 | 世界各国 |
規格の種類 | 錠(2.5mg,5.0mg)、注(10mg) | 錠(50mg) |
代表製剤の製造販売元 | あすか製薬 | ニプロ |
同成分のOTC医薬品 | (販売されていない) | (販売されていない) |
+αの情報①:「ヨウ化カリウム」という選択肢
「プロピルチオウラシル」も、妊娠初期に服用した際の催奇形性のリスクが疑われています9)。「チアマゾール」よりも軽いものがほとんどのため、妊娠初期の第一選択薬が「プロピルチオウラシル」であることに変わりはありませんが、そもそも甲状腺機能亢進症の症状が軽い場合には、より安全性の高い「ヨウ化カリウム」10)に変更する、という選択肢もあります。

9) Thyroid.24(10):1533-40,(2014) PMID:24963758
10) Thyroid.25(10):1155-61,(2015) PMID:26222916
+αの情報②:『チラーヂン(レボチロキシン)』と併用する理由
甲状腺機能亢進症である「バセドウ病」の治療初期には、病気として甲状腺ホルモンが多いのに、「チアマゾール」や「プロピルチオウラシル」の作用によって甲状腺機能低下症と同じ症状が現れることがあります。
薬の量を調節するだけでこの症状が改善しない場合には、一時的に『チラーヂン(一般名:レボチロキシン)』と併用することがあります。
甲状腺の機能を抑える「チアマゾール」や「プロピルチオウラシル」と、甲状腺の機能を強める「レボチロキシン」という、”逆の作用の薬”を併用することがあるのは、このためです。

ただし、この併用では寛解率を高めることはできないため、あくまで一時的な症状改善を目的にしたものです11)。
11) Cochrane Datebase of Syst Rev.18;(2):CD003420,(2005) PMID:15846664
+αの情報③:添付文書の「警告文」の有無で、リスク比較はできない
「チアマゾール」と「プロピルチオウラシル」では、無顆粒球症などの重篤な副作用リスクは「チアマゾール」の方が低い2)ことがわかっています。しかし、添付文書に無顆粒球症の警告文が掲載されているのは「チアマゾール」だけです。
これは、「チアマゾール」では投与開始初期の”定期的な血液検査”が行われずに、実際に無顆粒球症が起きてしまった事例が報告されている12)からです。

添付文書に”警告文があるかどうか”だけで薬のリスクを比較すると、実際の安全性とは真逆の評価をしてしまうことになるため、注意が必要です。
12) 医薬品医療機器等安全性情報 No.242(2007年12月)
~注意事項~
◆用法用量はかかりつけの主治医・薬剤師の指示を必ずお守りください。
◆ここに記載されていることは「原則」であり、治療には各々の環境や状況により「例外」が存在します。
ポイントのまとめの2、3の記載間違い
ご指摘ありがとうございます、『チウラジール』とすべきところが『チアマゾール』になっていました。
修正致しました。
【追記】
『メルカゾール』から『チウラジール』へ変更する必要性と、その換算量について、回答の根拠②に追記しました。