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薬学コラム ノーベル医学・生理学賞

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「リゾチーム」と「ペニシリン」、ズボラな科学者のお陰で見つかった医薬品

 1945年、第二次世界大戦が終わった年に、ノーベル医学・生理学賞を受賞したイギリスの細菌学者が居ます。授賞理由は、抗生物質「ペニシリン」の発見です。
 この発見により、それまで命に関わる病気であった細菌の感染症は、簡単に薬で治療できる病気に変わります。

 また、今でも消炎の薬として使用される「リゾチーム」(例:『ノイチーム』や『レフトーゼ』)も、同じ細菌学者によって発見されています。

 その細菌学者の名は、Alexander Fleming(アレクサンダー・フレミング)。

 これだけの大発見をした彼は、さぞ素晴らしい研究をしていたのだろう、と思いがちですが、わりと”ズボラ”な研究をしていたようです。むしろ、その”ズボラ”のお陰で大発見をしたと言えます。

①くしゃみで鼻水の飛んだシャーレを放置した

 1919年、風邪をひいたまま実験をしていたフレミングは、細菌を培養しているシャーレに思いっきりくしゃみをします。

 その結果、唾や鼻水がシャーレに飛びます。

 彼はそれを、”まあいいや”と放置しました。

 普通、細菌の研究には非常に繊細な作業が要求されます。細菌はいたるところに存在するため、研究したい細菌だけを培養することが難しいからです。

 使う器具は全て滅菌消毒し、空気中を舞っている細菌が付着しないよう手元で火を焚いて上昇気流を生み出すなどの工夫も必要です(現代の実験でも行います)。
 当然、実験に使う細菌を培養しているシャーレは指で触れることはもちろん、息をふきかけることも厳禁です。

 そんなシャーレに向かって、くしゃみをして唾や鼻水を飛ばすとは、ムチャクチャです。

 しかも、そのシャーレを”まあいいや”と放置するのは相当なズボラです。

 ところが、しばらくしてからシャーレを確認すると、彼は鼻水の飛んだ部分の細菌が死滅していることを発見します。つまり、鼻水には細菌を倒す作用があることを見つけたのです。

 これが「リゾチーム」の発見です。
 現在も「リゾチーム」は医薬品として、副鼻腔炎などに処方されます。しかし、こういった偶然から発見されたもののため、今でも作用機序はよくわかっていません1)。

 1) ノイチーム錠 添付文書

②カビが生えたシャーレを放置した

 1928年、黄色ブドウ球菌の培養実験をしていた彼は、シャーレのフタを閉め忘れます。

 その結果、シャーレにカビが繁殖します。

 もちろん、細菌学の実験としては大失敗です。

 ところが、彼はアオカビが生えた周りだけ黄色ブドウ球菌が死滅していることを発見します。つまり、アオカビが細菌を死滅させる物質を作っていることを見つけたのです。

 これが「ペニシリン」の発見です。
 

 「ペニシリン」とは、その時のアオカビPenicillium notatum(現在はP. chrysogenum)の名前からつけられています。

失敗を失敗で終わらせず、次につなげること

 フレミングの凄いところは、鼻水が飛んだ、カビが生えたという失敗を失敗のままで終わらせなかった点ですなぜいつもと違う結果になったのか、その理由を解明し、大発見につなげました

 失敗作は大して確認せずに捨ててしまうのが普通です。しかし、思わぬ発見は失敗の中に潜んでいるのかもしれません。

フレミングは、消毒薬の限界を肌で感じていた

 フレミングは、医師として第一次世界大戦で負傷した兵士の治療にも従事しています。

 第一次世界大戦では、銃撃や爆撃による死者もさることながら、傷から細菌が入って感染症を起こしてしまう兵士も数多く居ました。
 彼は軍医として負傷兵を治療する中で、既存の消毒薬ではそれほどの効果が得られないことを肌で感じていました。その経験が、後になって「抗生物質」を発見するモチベーションにつながっています。

 実際、「リゾチーム」を発見した際、彼はその殺菌作用によって細菌を駆逐できると考えました。しかし、実際には「リゾチーム」では「黄色ブドウ球菌」などの細菌には全く歯が立たず、悔しい思いをします。

 1919年の「リゾチーム」の発見から約10年、ひたすら彼は細菌の研究に没頭し、1928年に「ペニシリン」を発見するに至ります。

細菌感染症は撲滅できたか

 フレミングの発見によって、細菌感染症の治療は飛躍的に進歩します。しかし、ペニシリンの発見から80年以上が経った2015年になっても、細菌感染症は撲滅されていません。

 それは、細菌が”耐性”を得るようになっているからです

 細菌は様々な方法で抗生物質を無効化し、生き延びるための進化を遂げています。

 抗生物質を誤った方法で使用すると、抗生物質が効かない”耐性菌”を生み出す可能性が極めて高くなります。一度”耐性”を持ってしまうと、同じ抗生物質では効果が得られないため、別の抗生物質を使う必要があります。

 抗生物質の種類には限りがあるため、いずれ”どんな抗生物質も効かない耐性菌”が生まれてしまいます。
 そうならないためにも、抗生物質は正しく使用し、”耐性菌”の出現を防ぐ必要があるのです。

 これは何も誰か一人の健康のための小さな話ではなく、人類と細菌という大きな戦いがテーマの話です。処方された抗生物質を、中途半端に使って耐性菌を出現させてしまったら、それだけ人類にとって戦いが不利になるのです。

 フレミングがその”ズボラ”さと”執念”で見つけた「ペニシリン」、そこから始まった「抗生物質」の歴史は、まだ100年もありません。そんな状況で早々に”耐性菌”を大量に生み出していては、彼になんと申し開きをすれば良いかもわかりません。

 もう症状は治まったから・・・と、処方された抗生物質を途中で止めることは、”耐性菌”を生む一番の原因になります。抗生物質を正しく使うことは、まさに”人類としての責務”であると心得ましょう。

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