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知っておくべきこと 薬学コラム

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「正しい医療情報」とは何か~正しさの限界と適切な情報提供

 
 インターネットの医療情報は、有益なものから悪質なデマをばら撒くものまで、玉石混交の状態です。そんな中で、「正しい医療情報」を取り扱うことの重要性がたびたび議論されています。
 しかし、「正しい医療情報」とは具体的にどういうものを指すのか、その中身まではあまり検討されず、「正しい」という言葉が一人歩きしているように思います。

 正しさは時代によって変わり、またその情報を受け取る人の状況によっても変わることのある、曖昧なものです。

「正しさ」は時代と共に変わる

 そもそも医療は日進月歩、常に進歩し続けています。そのため、時代とともに「正しい」ことも変わっていきます。

 例えば、2017年現在『メインテート(一般名:ビソプロロール)』などの「β遮断薬」は、心不全治療に広く使われています。しかし、30年前は心不全に使ってはいけない「禁忌」でした。
 1975年に初めて「β遮断薬」の心機能改善効果が報告されたことをきっかけに研究が進み、その後のCIBIS-Ⅱ試験などによって効果が実証され、「β遮断薬=心不全に禁忌」という当時の常識が覆えされることになりました。

 つまり、30年前は「β遮断薬は心不全に使ってはいけない」が正しい情報でしたが、今は「β遮断薬は心不全の治療に使う」が正しい情報です。禁忌だった薬が治療薬になったことで、全く逆のことが「正しい情報」になっています。

 このように、医学・薬学では毎日膨大な数の研究・報告が行われているため、次々に新しい事実・見解が発表されます。そのため「正しい医療情報」と言っても、それはどうしても
「現段階で、最も妥当と思われる情報」という限定的な意味になります。

 大昔から恒常的に「正しい医療情報」というものは、「早寝・早起き・腹八分」くらいしかありません。むしろ早寝・早起きですら、最近は異論があるくらいです。

「正しさ」は人の状況によっても変わる

 人はそれぞれ性別・年齢・体質・持病・併用薬・生活環境が様々に異なります。そのため、人によって「正しい」ことも変わります。

 例えば、ハチミツには咳止めの効果があります。小学生には使って良いですが、1歳未満の乳児に使ってはいけません(乳児ボツリヌス症)。つまり、「ハチミツは咳止めとして使える」という情報は、小学生を持つ親にとっては正しくて有益でも、0歳児を持つ親にとっては間違っている危険ものになります。

 このように、情報を受け取る人の状況によって、同じ情報が正しい情報にも間違った情報にもなる、ということです。そのため「正しい医療情報」と言っても、それはどうしても「〇〇の人にとっては、正しい情報」という限定的な意味になります。

 大人であっても、これからキースジャレットのコンサートに行く人の場合は、ハチミツなんかよりもっと強力な咳止めを使うべきです。演奏中に咳き込んだりなんかしたら、きっと彼は途中で怒って帰ってしまいます。

「正しくても不適切」な情報が増えている

 インターネット上の医療情報の質を問う声が大きくなって以降、「正しい」ことを売りにしたWebサイトが増えています。専門家の監修を謳ったり、専門家が書いたと称したり、根拠の論文や臨床試験データを示したり、正しさを裏付ける色々な方法が試されています。

 しかし、先述のように「正しさ」は時と場合によって変わることがあります。この「正しさの限界」を考慮しないまま「情報として間違ってさえいなければ、それで良い」といった姿勢で医療情報を提供するWebサイトが増えてきていることに、危うさを感じています。

 今年6月、「睡眠薬は飲んでから効き始めるまで多少時間がかかる」というネットの情報を見た芸能人が、服薬後に自動車運転をし、朦朧とした状態で発見される、といった事件がありました。
 「睡眠薬は飲んでから多少時間がかかる」という情報に、何ら間違いはありません。いわば事実、「正しい医療情報」です。ところが、それを読んだ人はどういう行動に出る可能性があるか、といったことは考慮されておらず、車を運転しても良いだろうか?という疑問を抱いた人にとって、それはあまりに不親切で無責任な情報提供になってしまいました。

 つまり、内容が間違っていなくても、情報提供として不適切であることは、多々起こり得るのです。

 マラソンの前に『ロキソニン』を飲んでおけば痛くならない、ワクチンを打ってもインフルエンザを発症することがある、スタチンで横紋筋融解症を起こすことがある…確かにどれも科学的に間違った情報ではありません。
 しかし、それを読んだ専門知識のない多くの日本国民はどう解釈して、どういった行動に出て、その結果どんなことが起こる恐れがあるでしょうか。

現場の医療従事者にしかできない情報発信がある

 効能・効果を「〇〇に効く!オススメ!」として安易に推奨するようなWebサイト、薬で起こり得る副作用を全て列挙したようなWebサイトが増えています。これらのWebサイトに書かれた内容は、確かに科学的に大きく間違った内容ではありません。

 しかし、これらを「正しい医療情報」と呼ぶことには違和感があります。「正しい医療情報」と呼ぶためには、内容に間違いがないだけでなく、それが読む側に適切に提供されている必要があるからです。
 「正しさ」は時と場合・受け取る人の状況によって変わり得ること、科学的に正しくても不適切で無責任な情報提供になる恐れがあること、こうした「正しさの限界」を踏まえた情報提供をしなければなりません。

 それは、現場の医療従事者にしかできない、お金稼ぎ・アクセス稼ぎだけが目的で医療情報を扱う人には真似のできない情報提供のかたちです。

 「正しさ」を謳う医療情報サイトが増えている現在、何をもって「正しい」とするのか、その「正しさ」の意味や定義が問われようとしています。その中で、医療従事者が対面業務の延長線として「正しい情報」を「適切に提供する」ような、インターネット上での責任感のある情報発信が増えていって欲しいと思います。

 

▼薬剤師でブログ運営している人がそれぞれ何を目的に記事を書いているか、ブログを始める場合はどんなことを書けば良いかなど、色んな人の意見が集まりつつあります。

 

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