『ベイスン』・『セイブル』・『グルコバイ』、同じα-GIの違いは?~作用する酵素と副作用、食後服用の可否
記事の内容
回答:副作用が少ない『ベイスン』、食後服用でも大丈夫な『セイブル』、使用実績が豊富な『グルコバイ』
『ベイスン(一般名:ボグリボース)』・『セイブル(一般名:ミグリトール)』・『グルコバイ(一般名:アカルボース)』は、食後の血糖値上昇を抑える「α-グルコシダーゼ阻害薬(α-GI)」です。
『ベイスン』は、下痢や放屁といった消化器系の副作用が少ない薬です。
『セイブル』は、食前服用を忘れても、食事開始から30分以内であれば効果のある薬です。
『グルコバイ』は、α-GIとして世界で最も使用実績が豊富な薬です。

特に厳密な使い分けの基準はありませんが、副作用や飲み忘れなどの問題から適した薬を選ぶのが一般的です。なお、α-GIを服用していて低血糖を起こした際には、必ず「ブドウ糖」を摂る必要があります。
回答の根拠①:消化器系の副作用が少なめの「ボグリボース」~阻害する酵素の違い
「ボグリボース」・「ミグリトール」・「アカルボース」は、いずれもデンプンや砂糖などの多糖類を「ブドウ糖(グルコース)」に分解する酵素「α-グルコシダーゼ」の作用を阻害し、血糖値の上昇を抑える作用があります。
効果はどれも大きくは変わりませんが、「ボグリボース」では下痢や放屁・腹部膨満感といった消化器系の副作用がやや少ない傾向にあります1)。これは主に、それぞれの薬が作用する酵素の違いが関係している、と考えられています。
1) J Clin Diagn Res.7(12):3023-7,(2013) PMID:24551718
α-GIが阻害する酵素と副作用
「ミグリトール」は、「乳糖(ラクトース)」を「ブドウ糖(グルコース)」と「ガラクトース」に分解する「ラクターゼ」を阻害する作用も持っています2)。そのため、「ミグリトール」を服用中は消化管内に「乳糖(ラクトース)」が増加して浸透圧が上昇するため、下痢を起こしやすくなります(乳糖不耐性と同じ原理)。

「アカルボース」は、デンプンなどの多糖類を分解する「アミラーゼ」を阻害する作用も持っています3)。そのため、「アカルボース」を服用中は未消化の多糖類が大腸に流入し、腸内細菌による発酵が増えるため、放屁や腹部膨満感を起こしやすくなります。

「ボグリボース」は、これら「ラクターゼ」や「アミラーゼ」への作用が弱い4)ため、下痢や放屁・腹部膨満感などの消化器系の副作用がやや少なめに抑えられています。
2) セイブル錠 インタビューフォーム
3) グルコバイ錠 インタビューフォーム
4) ベイスン錠 インタビューフォーム
回答の根拠②:食後服用も選択肢になる「ミグリトール」~飲み忘れの多い人に適したα-GI
基本的に「α-GI」という薬は、食事で摂った糖類が分解されるタイミングで作用していなければ効果は得られません。そのため、どの薬も食事の直前に服用しておく必要があります。
しかし、「ミグリトール」は食事開始から30分後の服用でも、食直前服用とほぼ同等の効果を得られることが確認されています5)。さらに、食後服用を3ヶ月間継続しても、食直前服用した場合とHbA1c値の変化は変わらなかったことも確認されています6)。

このことから「ミグリトール」は、食直前の服用が難しい、頻繁に飲み忘れてしまうような人でも効果を得やすい薬と言えます。
5) Diabetes Res Clin Pract.78(1):30-3,(2007) PMID:17493703
6) Diabetes Obes Metab.10(10):970-2,(2008) PMID:18721256
”早食い”の人にも向いている「ミグリトール」
「ミグリトール」は、「ボグリボース」に比べると食後30~60分の血糖値上昇をより強く抑える、とする報告があります7)。そのため、”早食い”で食後の血糖値上昇が激しいタイプの人にも「ミグリトール」は向いている可能性があります。
7) 糖尿病.51(5):411-18,(2008)
回答の根拠③:世界で最も使われている「アカルボース」
「アカルボース」は世界100ヵ国以上で承認され、「ボグリボース」や「ミグリトール」に比べると圧倒的に広く使われています。
※「α-GI」が使われている国と地域 2,3,4)
ボグリボース・・・・日本、中国、韓国、タイ、フィリピン
ミグリトール・・・・日本、アメリカ、ドイツ、フランスなど8ヵ国
アカルボース・・・・世界124ヵ国

そのため使用実績も最も豊富で、2型糖尿病による心筋梗塞リスクを軽減する8)、糖尿病の発症を予防する9)といった効果も一部で報告されています。副作用や飲み忘れが問題にならないのであれば、最も確実な効果を期待できる「アカルボース」が優先的に選ばれるのが一般的です。
8) Eur Heart J.25(1):10-6,(2004) PMID:14683737
9) JAMA.290(4):486-94,(2003) PMID:12876091
薬剤師としてのアドバイス:低血糖を起こした時は「ブドウ糖」が必要
いわゆる「砂糖=ショ糖(スクロース)」は、「ブドウ糖(グルコース)」と「果糖(フルクトース)」に分解されてから吸収されますが、「α-GI」を服用しているとこの分解が阻害されています。そのため、砂糖を摂取しても速やかな血糖値の回復は期待できません。

このことから、「α-GI」を使っている人が低血糖を起こした場合は、必ず「ブドウ糖(グルコース)」を直接補充する必要があります。低血糖を起こした時の備えとしては、氷砂糖や飴玉ではなく専用の「ブドウ糖」、あるいは「ブドウ糖(グルコース)」を豊富に含んだ飲料を選ぶように注意してください。
ポイントのまとめ
1. 『ベイスン(ボグリボース)』は「ラクターゼ」や「アミラーゼ」に作用しないため、消化器系の副作用が少なめ
2. 『セイブル(ミグリトール)』は食後服用も選択肢になるため、飲み忘れの多い人向き
3. 『グルコバイ(アカルボース)』は世界で圧倒的に広く使われていて、使用実績が最も豊富
薬のカタログスペックの比較
添付文書、インタビューフォーム、その他資料の記載内容の比較
ボグリボース | ミグリトール | アカルボース | |
先発医薬品名 | ベイスン | セイブル | グルコバイ |
適応症 | 糖尿病の食後過血糖の改善 (0.2mg錠のみ)2型糖尿病の発症抑制 | 糖尿病の食後過血糖の改善 | 糖尿病の食後過血糖の改善 |
用法 | 1日3回食直前 | 1日3回食直前 | 1日3回食直前 |
添付文書に記載された消化器系副作用の頻度 | 下痢(4.0%)、放屁増加(4.0%)、腹部膨満(3.5%) | 下痢(18.3%)、腹部膨満(14.9%) | 放屁増加(15.78%)、腹部膨満(13.27%) |
妊娠中の安全性評価 | オーストラリア基準:データなし | オーストラリア基準【B3】 | オーストラリア基準【B3】 |
使われている国 | 5ヵ国 | 8ヵ国 | 124ヵ国 |
国際誕生年 | 1994年7月 | 1996年7月 | 1993年3月 |
剤型の規格 | 錠(0.2mg、0.3mg) OD錠(0.2mg、0.3mg) | 錠(25mg、50mg、75mg) OD錠(25mg、50mg、75mg) | 錠(50mg、100mg) |
先発医薬品の製造販売元 | 武田テバ薬品 | 三和化学研究所 | バイエル |
同成分のOTC医薬品 | (販売なし) | (販売なし) | (販売なし) |
+αの情報①:糖尿病治療における「α-GI」の立ち位置
食後の高血糖は、確かに心筋梗塞などによる死亡の危険因子であることがわかっています10)。しかし、「α-GI」を使って食後の血糖値を下げることが、心筋梗塞などによる死亡率の軽減につながるかどうかははっきりしていません11)。
現在、実際に死亡リスクを軽減できる糖尿病治療薬は、飲み薬としても他に多く登場している(例:メトホルミン、SGLT-2阻害薬)ため、「α-GI」はあくまで”食後の高血糖”を是正するという目的で使われる、補助的な立ち位置の薬になっています。
ただし、透析患者が使える糖尿病治療薬で、”インスリン分泌を促さない薬”は「α-GI」しかない12)など、特定の条件では重要な薬にもなります。
10) Diabetologia.47(3):385-394,(2004) PMID:14985967
11) Cochrane Database Syst Rev.(2):CD003639,(2005) PMID:15846673
12) 日本透析医学会 「透析患者の糖尿病治療ガイド2024」
+αの情報②:糖尿病発症抑制に保険適用があるのは「ボグリボース」
「アカルボース」は、耐糖能異常がある段階から使うことで2型糖尿病の新規発症を防ぐ効果が確認されています8)が、「ボグリボース」でも日本人で同様の効果が確認されています13)。
そのため、糖尿病の新規発症を防ぐ目的でα-GIを使う場合には、保険適用もある「ボグリボース」の0.2mg製剤を使うのが一般的です。
13) Lancet.373(9675):1607-14,(2009) PMID:19395079
~注意事項~
◆用法用量はかかりつけの主治医・薬剤師の指示を必ずお守りください。
◆ここに記載されていることは「原則」であり、治療には各々の環境や状況により「例外」が存在します。
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