『ナウゼリン』と『プリンペラン』、同じ吐き気止めの違いは?~錐体外路症状と血液脳関門、妊娠・授乳中の安全性
記事の内容
回答:錐体外路症状の副作用が少ない『ナウゼリン』、妊娠・授乳中の安全性が高い『プリンペラン』
『ナウゼリン(一般名:ドンペリドン)』と『プリンペラン(一般名:メトクロプラミド)』は、どちらも「ドパミン受容体遮断薬」に分類される、同じ作用の吐き気止めです。
『ナウゼリン』は、錐体外路症状や精神系の副作用が起こりにくい薬です。
『プリンペラン』は、妊娠・授乳中の安全性評価が高い薬です。

吐き気に対する効果にほとんど違いはないため、避けたい副作用、妊娠・授乳の状況によって使い分けるのが一般的です。
回答の根拠①:錐体外路症状が少ない「ドンペリドン」~血液脳関門を通るかどうかの違い
「ドンペリドン」と「メトクロプラミド」で、吐き気に対する効果はほとんど変わらない、とされています1,2)。
一方で、現れやすい副作用には違いがあり、「ドンペリドン」では「メトクロプラミド」に比べて、震えや歩行・嚥下困難といった運動機能障害(錐体外路症状)や、眠気・精神過敏といった中枢系の副作用が少ない2,3)ことがわかっています。
そのため、こうした副作用を避けたい場合には「ドンペリドン」を選ぶのが無難です。
1) Br J Clin Pract.45(4):247-51,(1991) PMID:1810356
2) Am J Gastroenterol.94(5):1230-4,(1999) PMID:10235199
3) Drugs R D.23(1):1-20,(2023) PMID:36749528
副作用の違いを生む、血液脳関門の透過性
脳は生命にとって重要な器官なため、摂取した薬物などが簡単に入り込まないように「血液脳関門」と呼ばれるフィルター機能が備わっています。この「血液脳関門」を、「ドンペリドン」は通り抜けにくく、「メトクロプラミド」は通り抜けやすい性質があります4,5)。

そのため、脳へ移行しにくい「ドンペリドン」では、脳への作用によって起こる錐体外路症状や中枢系の副作用が起こりにくい傾向にあります。
4) ナウゼリン錠 インタビューフォーム
5) プリンペラン錠 インタビューフォーム
回答の根拠②:妊娠・授乳中の安全性評価が高い「メトクロプラミド」~豊富な使用実績
1964年に登場した「メトクロプラミド」は、1978年に登場した「ドンペリドン」よりも歴史が古く、使用実績がより豊富です。そのため、適応症が広い、妊娠・授乳中の安全性評価が高いといった利点があり、またWHOの必須医薬品にも指定されています6)。
※適応症(成人)
ドンペリドン:慢性胃炎、胃下垂症、胃切除後症候群、抗悪性腫瘍剤またはレボドパ製剤投与時に伴う消化器症状
メトクロプラミド:胃炎、胃・十二指腸潰瘍、胆嚢・胆道疾患、腎炎、尿毒症、薬剤(制癌剤・抗生物質・抗結核剤・麻酔剤)投与時、胃内・気管内挿管時、放射線照射時、開腹術後に伴う消化器症状
妊娠中の安全性評価の差~オーストラリア基準による評価
「ドンペリドン」も、妊娠中に使っても胎児に悪影響を及ぼさないという報告が近年増えた7,8)ことで、2025年5月に妊婦への投与禁忌制限は解除されています4)。しかし、「メトクロプラミド」はそれよりも前から安全であることが多く確認されている9,10,11)薬で、安全性評価もより高く設定されています。
※オーストラリア基準による分類
ドンペリドン:【B2】
メトクロプラミド:【A】(※最も高い評価)
6) WHO Model List of Essential Medicines – 23rd list ※リンク
7) J Obstet Gynaecol.33(2):160-2,(2013) PMID:23445139
8) J Obstet Gynaecol Res.47(5):1704-1710,(2021) PMID:33631840
9) Br J Clin Pharmacol.49(3):264-8,(2000) PMID:10718782
10) N Engl J Med.343(6):445-6,(2000) PMID:10939907
11) Am J Perinatol.19(6):311-6,(2002) PMID:12357422
授乳中の安全性評価の差~Medications and Mother’s Milkによる評価
「ドンペリドン」と「メトクロプラミド」は、どちらも国立成育医療研究センターの「妊娠中に安全に使用できると考えられる薬」に掲載されています。ただし、「メトクロプラミド」の方が多くの授乳婦に使用されてきた実績があることなどから、海外では「メトクロプラミド」の方が安全性はやや高く評価されています。
※国立成育医療センター「授乳中に安全に使用できると考えられる薬」
ドンペリドン:掲載されている
メトクロプラミド:掲載されている
※Medications and Mother’s Milk
ドンペリドン:【L3】(※5段階中3番目)
メトクロプラミド:【L2】(※5段階中2番目)
薬剤師としてのアドバイス:「つわり」にも吐き気止めは使える
「ドンペリドン」や「メトクロプラミド」といった薬は、「つわり(妊娠悪阻)」の吐き気にも効果があります12)。「つわり(妊娠悪阻)」の症状は、しばしば重くなり、人によってはPTSDに繋がるケースもあります13)。
確かに、妊娠中には使えない薬は多いですが、”全ての薬を使ってはいけない”わけではありません。多くの疫学調査から「使っても胎児に悪影響を及ぼさない」ことがわかっている薬もたくさんありますので、適宜、医師や薬剤師と相談しながら、薬も上手に活用して対処してもらえたらと思います。
12) Arch Womens Ment Health.20(3):363-372,(2017) PMID:28070660
13) Nat Rev Dis Primers.5(1):63,(2019) PMID:31515534
ポイントのまとめ
1. 『ナウゼリン(ドンペリドン)』と『プリンペラン(メトクロプラミド)』で、効果はあまり変わらない
2. 『ナウゼリン(ドンペリドン)』は血液脳関門を通過しにくいため、錐体外路症状や中枢系の副作用が少ない
3. 『プリンペラン(メトクロプラミド)』の方が古くから使われており、妊娠中や授乳中の安全性評価も高め
薬のカタログスペックの比較
添付文書、インタビューフォーム、その他資料の記載内容の比較
ドンペリドン | メトクロプラミド | |
先発医薬品の名称 | ナウゼリン | プリンペラン |
薬理作用 | ドパミン受容体遮断薬 | ドパミン受容体遮断薬 |
適応症(成人) | 慢性胃炎、胃下垂症、胃切除後症候群、抗悪性腫瘍剤またはレボドパ製剤投与時に伴う消化器症状 | 胃炎、胃・十二指腸潰瘍、胆嚢・胆道疾患、腎炎、尿毒症、薬剤(制癌剤・抗生物質・抗結核剤・麻酔剤)投与時、胃内・気管内挿管時、放射線照射時、開腹術後に伴う消化器症状 |
用法 | 1日3回、食前 | 1日2~3回、食前 |
国際誕生年 | 1978年 | 1964年 |
妊娠中の安全性評価 | オーストラリア基準【B2】 ※2025年5月に禁忌解除 | オーストラリア基準【A】 |
授乳中の安全性評価 | MMM【L3】 ※2019年以前は【L1】 | MMM【L2】 |
WHOの必須医薬品 | – | 掲載 |
世界での販売状況 | 欧州、カナダ、オーストラリアなど約60ヵ国 | 欧米各国を中心に約60ヵ国 |
規格の種類 | 錠(5mg,10mg)、OD錠(5mg,10mg)、ドライシロップ(1%)、坐剤(10,30,60) | 錠(5mg)、細粒(2%)、ドライシロップ(0.1%)、注射液(10mg) |
代表製剤の製造販売元 | 協和キリン | 日医工 |
同成分のOTC医薬品 | (販売されていない) | (販売されていない) |
+αの情報①:片頭痛で起こる吐き気にも効果がある
片頭痛では吐き気を伴うことが多いですが、こうした吐き気の症状に対しても「ドンペリドン」と「メトクロプラミド」はどちらも効果的です。ガイドラインでも、両方の薬が治療の選択肢として推奨されています14)。
14) 日本頭痛学会 「慢性頭痛診療ガイドライン2021」
+αの情報②:「ドンペリドン」・「メトクロプラミド」の心血管系リスク
「ドンペリドン」は、1日30mgを超える高用量で使っていると心血管系のリスクに繋がることが報告されています15,16)。
なお、こうした心血管系のリスクは「メトクロプラミド」でも報告されている16,17)ため、「ドンペリドン」特有のものというわけでもありません。どちらの薬を使っている場合にも、不用意な高用量・長期の使用には注意が必要です。
15) Drug Saf.33(11):1003-14,(2010) PMID:20925438
16) United European Gastroenterol J.6(9):1331-1346,(2018) PMID:30386606
17) Pharmacoepidemiol Drug Saf.29(12):1636-1649,(2020) PMID:32869447
+αの情報③:薬が効く吐き気、効かない吐き気
吐き気は、何らかの原因によって「嘔吐中枢」が刺激されることによって起こります。この「嘔吐中枢」がどういった経路で刺激されるかによって、薬が効くかどうかが変わります。

① 大脳皮質が、「嘔吐中枢」を直接刺激
② 「CTZ」を介して、「嘔吐中枢」を刺激
③ 内耳の「前庭系」が、「CTZ」と「嘔吐中枢」を刺激
④ 胃腸などの消化器が、「CTZ」と「嘔吐中枢」を刺激
※CTZ:脳の第四脳室底にある「化学受容器引金帯(Chemoreceptor trigger zone)」
「ドンペリドン」や「メトクロプラミド」は、どちらも②CTZや④消化管にあるドパミンD2受容体を遮断することで効果を発揮するため、これらの経路を介さない吐き気には、あまり効果を期待できません。
たとえば、強いストレスや不安を感じたときの吐き気は、①大脳皮質が嘔吐中枢を直接刺激するもののため、これらの薬では基本的に効果がありません。また、乗り物酔いによる吐き気も③CTZを介さない前庭系の異常によって生じる18)と考えられているため、『トラベルミン(一般名:ジフェンヒドラミン+ジプロフィリン)』など専用の薬が必要になります。
18) 耳鼻咽喉科臨床 補冊.41:197-207,(1991)
~注意事項~
◆用法用量はかかりつけの主治医・薬剤師の指示を必ずお守りください。
◆ここに記載されていることは「原則」であり、治療には各々の環境や状況により「例外」が存在します。
【修正履歴 2022.9.6:回答の根拠③】
『ナウゼリン(一般名:ドンペリドン)』の授乳中の安全性評価について、「Medications and Mother’s Milk」の2019年版から【L1】だったものから【L3】へ変更になっているため、これを反映した内容に更新しました。
【修正履歴2019.4.5:+αの情報③】
高用量の『ナウゼリン(一般名:ドンペリドン)』でリスクが高まることが指摘されたのは「心筋梗塞」ではなく「心臓突然死」である点、正確な表現に修正しました。